エングラム
長い夢を見ていた気がする、と思いながら制服の袖に手を通した。
──思えばこの夏休みは、空白と矛盾ばかりが多かった。
部屋に何故かエレキギター…じゃないか、ベースが置いてあったり。心当たりのないアンプや機材。
──机の上に生けられた花も、いつ置かれたか覚えのない。
ベースなんて買った覚えもやった覚えないが、試しに弾いたら弾けた。
指が勝手に知っていた。
「…どーしてかなあ…」
制服のリボンを直し、スカートを一つだけ折る。
空白、矛盾、違和感。
夏休みの半ばを過ぎた時に、何故か突然唐突に気付いた。
だが結局は──相変わらず例年通り、何もない夏休みだった。
憂鬱と宿題がつまった通学用のカバンを持ち、家を出た。
──行ってきます、そう言うと足が鉛のように感じた。
私の味方は、手の届かない奥にいるオウ兄だけ。大丈夫、オウ兄がいる。
もう一人いたような気がしたけれど、気のせいだろう。
そんな気も、煙のように消えた。