エングラム
扉に手を伸ばして、一度引っ込めた。
その手は無意識に唇に触れた。
「………」
躊躇うような微妙な間を空けてから、私は扉を開けた。
──甘い花の香りがふわりと舞っている。
流れている曲は──レイラ。
エリック・クラプトンの名曲。
独特のギターリフ。
レイラ、と愛を叫ぶ声。
扉を後ろ手でゆっくり閉めた。
「………」
店員の姿は、ない。
それを良いのかと思いつつ花を見て回る。
どれも綺麗だなと、並んでいる花に口元が綻ぶ。
菊の隣には、黄色いボンボンのような花が生けてあった。
直立した黄緑色の茎の上に、黄色い丸い花。
ドラムスティックを連想させた。
なんて名前の花なんだろう、と考えていたら奥から人が現れた。
「すみません、この花の名前って──…」
黒い髪をした、眼鏡を掛けた男性。
長めの前髪から覗く、眼鏡の奥の目と、視線がぶつかって言葉が消えた。
「……クラスペディア」
いらっしゃいませ、も何もなく。
甘い香りを纏う彼は私の横にくるとそう言葉を落とした。
心臓の音が、うるさい。