エングラム
──…それから、私はわけのわからない声をあげながら泣いた。
「…落ち着いたか?」
目をこすりながら私は二、三度頷く。
「うあー…鼻水でる…」
もう私には色気も何もない。
いや最初からなかったけど。
シイがズボンのポケットからポケットティッシュを出して渡した。
ありがとう、と思うと
「どういたしまして」
彼はそれを読んだのかそう答えた。
「オフにしてください」
ところどころで鼻を鳴らしながら私は言った。
「はいはい」
シイはくすくすと笑うと、背を向けて黒いジャケットを着た。
多分私が恥ずかしいから見んなと思ったからだ。
そのままシイは眼鏡をかけて、目と鼻と頬を赤くした私に向き直った。
──あの人といる感覚に似てる、と思った。
シイはあのチカラをオフ状態にしているのか否か、リアクションも何もなかった。
シイは何も聞かなかった。
私の心を読んだのかもしれない。
まぁどっちでも良いや。
もう泣いてるとこまで見せちゃったし。
「やけに良い天気だな」
シイが上を見ながら言った。
そういえば季節は、もうすぐ夏だと。
今更そう思い出して、頷いた。