エングラム
差し出された手に、戸惑う。
だってこんなの慣れてない。
うんやっぱりこの手は握れない、と思い階段を降りようとした時。
ぱしっと、私の左手が捕まれた。
「差し出された手には答えて良いんだぞ」
私の掴んだ手を、シイは少し持ち上げる。
「差し出した側が寂しいからな」
「…………はい」
照れてしまって、小さくそうとしか答えられなかった。
こんなにこの階段って長かったけ、と何度も思った。
埃っぽい灰色の中に、私たち二人だけの足音。
「寂しい場所だな」
ふとシイが口にする。
「人が捨てた場所ですから」
私は目を伏せて答える。
そして、そんな場所は、と付け加える。
「人を捨てる場所でもありますからね」
あぁそうだな、とシイが答えた時、ネズミが私たちの前を横切った。
「……人がいない場所の方がこいつらは生きやすいだろうな」
シイが目を細める。
「動物の心も読めるんですか?」
階段を降りながら尋ねる。
「いや、人だけだ」
シイが答えた。
ちょうど、最後の段差を降りる。