エングラム



さっきのケイの歌声は、聴衆を縛りつけるような冴えた声。

ならばこの歌声は、聴衆に絡み付くような甘い声だ。
甘く溶けたような声だ。

──あなたは優しい人ですね

ケイ自身のベースは、低く深いが、聴衆の足元まできて甘える猫のように鳴いている。

──だからそれを

それを更に甘美なものに変えるのが、ユウのギター。
唄が歩くための滑らかな曲線を弾く。

──目の前の人へ向けて

とろけそうな声とベースとギターの音の芯になっているのがシイのドラム。
甘さを引き立たせるための、鋭い音。

──自分と隣人を傷付ける

それが重なって、混ざり。
私たちの耳に溶けて馴染む。

優しい唄だ。

──いっそ優しさ捨てて

聴衆はそれに聴き入って、幾つもの目に彼らが居る。

──自分だけを愛したらどうだ

テンポはアンダンテ。
歌詞の言葉が刺さる。

繊細で濃い音が絡まり合う。
溶け合う。
人と人の間に染みる。

ゆったりと曲が歩くのを、ここにいる誰もが静かに聴いていた。



< 54 / 363 >

この作品をシェア

pagetop