エングラム
さっきのケイの歌声は、聴衆を縛りつけるような冴えた声。
ならばこの歌声は、聴衆に絡み付くような甘い声だ。
甘く溶けたような声だ。
──あなたは優しい人ですね
ケイ自身のベースは、低く深いが、聴衆の足元まできて甘える猫のように鳴いている。
──だからそれを
それを更に甘美なものに変えるのが、ユウのギター。
唄が歩くための滑らかな曲線を弾く。
──目の前の人へ向けて
とろけそうな声とベースとギターの音の芯になっているのがシイのドラム。
甘さを引き立たせるための、鋭い音。
──自分と隣人を傷付ける
それが重なって、混ざり。
私たちの耳に溶けて馴染む。
優しい唄だ。
──いっそ優しさ捨てて
聴衆はそれに聴き入って、幾つもの目に彼らが居る。
──自分だけを愛したらどうだ
テンポはアンダンテ。
歌詞の言葉が刺さる。
繊細で濃い音が絡まり合う。
溶け合う。
人と人の間に染みる。
ゆったりと曲が歩くのを、ここにいる誰もが静かに聴いていた。