エングラム
そしてふと、あの人のことを思い出して指が止まった。
あの人が居なきゃ生きていけないと叫んでいた自分は、随分遠い過去に思えた。
楽譜を見る。
黒い音譜が踊っていた。
今度はベースをアンプに繋げ、ヘッドフォンを使って練習した。
あと少しやったら寝よう。
受験生だけど──今は青春したい時期だ、遊んでやる。
後から困るのは自分だ。
だったら別に良い。
未来の自分が困るからって、やりたいことを止めたくない。
──数学のテスト、一桁だったけどね。
その赤い数字を思い出して少し笑い──ふう、と息を吐く。
努力は報われる。
うんそうかもしれない、私が努力をしていないだけ。
努力してないから、何も悔しくないんだ。
何に対しても無気力。
楽なんだよなあそれ。
辛いことなんてないから。
だけどなんか──…。
ケイから預かった黄色いベースに視線を落とす。
黄色は楽しくやりましょう、というメッセージを持つ色だとシイが教えてくれた。
本気になれるもの、見つけたかもしれない。