エングラム
「シイのばぁかああっ!」
「ふっ」
警察だと叫んだのは、シイだった。
相変わらず黒いジャケットを着ていた。
黒縁の眼鏡の奥から、笑う瞳。
「警察だったらどうしようって考えてたからな、つい」
彼は笑いながら私の方へ歩み寄る。
「いやいやついじゃないですって!心臓止まりましたから!」
パイプイスを起こしながら、私は猛抗議した。
「しかし最高のリアクションだったぞ」
「……忘れてください」
ひどい顔をしていたと我ながら思う。
それをからかわれるのは恥ずかしい。穴に入りたい。むしろ埋まりたい。
「忘れられないな」
ククク、とシイが笑った。
まったくよく笑う人。
けどその笑顔が格好良い──いや思ってない。思ってないよ。
「誰が格好良いって?ん?」
シイが腰を軽く曲げて、私の目線に合わせる。
不意打ちの至近距離。
いつかに感じた甘い匂い。
目の前の整った顔立ち。
「べ、別に…!」
慌てて顔を逸らしそれだけを言う。