エングラム



「シイのばぁかああっ!」

「ふっ」

警察だと叫んだのは、シイだった。

相変わらず黒いジャケットを着ていた。
黒縁の眼鏡の奥から、笑う瞳。

「警察だったらどうしようって考えてたからな、つい」

彼は笑いながら私の方へ歩み寄る。

「いやいやついじゃないですって!心臓止まりましたから!」

パイプイスを起こしながら、私は猛抗議した。

「しかし最高のリアクションだったぞ」

「……忘れてください」

ひどい顔をしていたと我ながら思う。
それをからかわれるのは恥ずかしい。穴に入りたい。むしろ埋まりたい。

「忘れられないな」

ククク、とシイが笑った。

まったくよく笑う人。
けどその笑顔が格好良い──いや思ってない。思ってないよ。

「誰が格好良いって?ん?」

シイが腰を軽く曲げて、私の目線に合わせる。

不意打ちの至近距離。
いつかに感じた甘い匂い。
目の前の整った顔立ち。

「べ、別に…!」

慌てて顔を逸らしそれだけを言う。



< 73 / 363 >

この作品をシェア

pagetop