エングラム



「さて私も練習させていただきますね」

ユウがギターを出して言った。

チューニングを終えて、ユウが何かフレーズを弾く。

「あ」

このフレーズ、前のライブで聴いた。

「覚えていてくださったんですか?」

ギターから視線を上げて、キツネのような細い目が私を見た。
私は頷く。

「ライスパールという曲名です」

ユウは弦をピックで弾き、音をひとつ投げた。

「ライスパールは宝石言葉で、バランスのとれた愛情、と言われているんですよ」

「バランスのとれた愛情…」

「まぁ愛とお金はバランスが大事ってことです」

ユウがくつくつと肩を鳴らした。

ギター一本が、甘い甘い声で鳴く。

「──あなたは優しい人ですね──だからそれを目の前の人へ向けて──自分と隣人を傷付ける」

嫌になるほどに甘くて美味しい声で、ケイが歌を口ずさんだ。

アンダンテなテンポに甘い音。
歌詞だけが鋭く聴く人を貫いてくる。

「──いっそ優しさ捨てて自分だけを愛したらどうだ──」

音をなぞるケイの声が少し低くなる。

ここからは、聞き覚えのない歌詞だった。



< 78 / 363 >

この作品をシェア

pagetop