エングラム
「けどオウ兄が言うなら、そう思えちゃうんですよ」
不思議と。
オウ兄の言葉は人を変える。
「やだな」
オウ兄は目を閉じて言う。
「シランは自分を失わない人でいて」
この時はどういう意味かはよく分からなかった。
私はもう、あの嫌がらせの期間のせいで少し自分を失った。
けどオウ兄が言うなら、もうこれからは少しでも。
私は私のままでいる。
誰にも染まらないようにする。
「オウ兄」
「ん?」
「手、離していい…?」
汗ばんだ手だと気付かれるのが嫌で、私はそう言った。
「いいなら、いいよ」
正直言って心臓が持ちそうじゃなかったので、少し惜しみながら手を離した。
「やっぱヤダとか言ってみる」
オウ兄はまた私の手を掴んだ。
「っ」
思わずビクッと肩が跳ねて、一歩退いて手をほどいた。
汚いって思われる。その条件反射。
オウ兄もそれに驚いて、私に触れた手が止まる。
「ご、ごめん。ごめんなさい。ごめん、ごめん、ね…ごめんなさいお、オウ兄」
オウ兄に誤解されたたらどうしよう。