エングラム
違う。私汚いって言われたから。
だからなの。
「ごめん、イヤだったよね」
違う。違うの。私が。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
なんで謝ることしかできないの、この口は。
あれ以来すっかり自信なんて無くして、謝る回数が増えた。
「そんな謝んないで」
オウ兄が手を振る。
「私が、私が」
汚いってたくさん言われたから。
それは言えなかった。
他に続く言葉を見つけられなくて──…曖昧に、笑った。
濁った笑い方。
オウ兄の手が私の頭に乗った。
肩など跳ねさせないよう体に力を入れた。
優しい、手だった。
「そういえば、良い花屋見つけたんだ」
「お花屋さん?」
「お花屋さんって言い方可愛いね」
オウ兄が私の頭を撫でながら、くすくすと笑った。
子ども扱いだなぁ、と少し複雑。
だって、たったいつつの年齢差。
大人になっちゃえば大して気にならないだろうもの。
けど子どもの一日は、大人の一日より長いんだ。
「またいつかな、花屋一緒に行こう」
オウ兄は言った。
私の好きな柔和な笑みで。
「うん」
私は頷いた。
今度は素直に笑みが零れた。
いつかは来なかった。
この日から一週間後、突然オウ兄は死んだ。
このビルから飛んで、死んだ。
人は、飛べない。