不思議の国のお伽噺。
グィッ、ガサガサッ
思いきり手を引かれ、私は、その手の主の胸に飛び込む形になった。
そして、一瞬片手で抱き締められたかと思うと、頭に回した手を離し、なにかを唱えた。すると、物体の叫び声が聞こえた。
「…」
私の手首をつかんだ彼の手は、どんどん力がこもっていく。
私は何をしていいのか分からず、なにもされていない片手で彼の服を握るだけ。
手首を握っていた手を離し、肩を押して離れた。
「大丈夫?」
「え、えぇ。
ありがとう…」
彼は、深緑のローブをきていた。顔の半分までローブがかかっていて、顔が見えない。
彼より背の小さい私は、下から見上げる形になる。顔はやはり見えないが、きれいな金色の髪の毛と、
頬に伝っている涙が見えた。
「…リスッ!!、アリスーッ!!」
遠くから、チェシャ猫の叫ぶ声が聞こえた。
「チ、チェシャ猫!」
私はチェシャ猫の元へ走り出そうとしたが、深緑の彼にもう一度手を捕まれ、止まった。
「…あ、の…っ」
「君は、アリスだよね?」
「え?…まぁ…はい」
「じゃあ…アリス。
君は、自分の容姿を覚えているかな?」
「へ…?」
…容姿?
「…分からない、かな?
もう1つの世界で存在していた、アリスの姿さ。」
…もう1つの世界の…私?
混乱してきた頭。
私はおでこを片手で押さえた。
「焦らなくていいから、ゆっくり記憶をたどってごらん」
耳元で囁かれた後、突然目の前の彼は消えた。
代わりに後ろには、チェシャ猫が息を切らして立っていた。
「アリス…ッ!」
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