傷恋(キズコイ)
「それって屁理屈だよね」

「屁理屈じゃありません。事実を言ったまでです」

私を頑固者だと言うけれど、絶対先生の方が頑固者だと思う。

「頼まれた物、ちゃんと買ってきたよ」

「ありがとう」

椅子を返して、微笑む先生に胸がキュンとなる。

征也さんに会って以来、先生は時々こんな笑顔を向けてくれる。

温和だけど、どっちかというと人を寄せ付けない雰囲気だったのにな。

「痛みはどう?見た目はだいぶよくなってるみたいだけど」

「そうですね。もうそろそろ出勤出来そうです」

「そう。よかった」

傷が治るのは喜ばしい事。
だけど、先生のお手伝いという名目がなければ、もうここには訪ねにくくなる。

「じゃあ、鍵も返さなくちゃね」

本当は残念。
だけど、それも仕方ない。

買ってきた荷物を片付けるため、この場から離れようとした私の手を先生が掴む。

「君にはずいぶんお世話になりましたね」

「……何もしてないよ…」

掴まれたところがやたらと熱く感じてドキドキする。

「何かお礼を…と思うんですが」

「そんなの別にいいよ」

「…キスしてもいいですか…?」

「え?」
< 50 / 52 >

この作品をシェア

pagetop