ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
「いつもやりこめられているのはあたしの方じゃない!」
「違う。……俺の方だ」
優しい声音とは裏腹に、それでも櫂の切れ長の目は、何処か寂しげで。
「ほら、携帯返す」
寂しい目をしているのに、それでも櫂はあたしの嫌がることはしなくて。
いつもの空気。
いつもの時間。
何だかそれがとても嬉しくて、安心して、だからあたしは携帯を開いた。
躊躇(ためら)うことなく。
そして。
「な、ななななな!?」
目に入ったのは――
携帯のいつもの待ち受け画面ではなく。
一面薔薇の花。
そしてメッセージ。
"攻略対象を――
『紫堂櫂』に設定しました"
「何これええええ!!!?」
櫂は口元だけ歪めさせてにやりと笑った。
「虚構(ゲーム)もほどほどにしとけよ。
現実(リアル)は俺が――
腰砕けになる甘い言葉…
死ぬ程贈ってやるから」
甘く甘く…妖しげに光る漆黒の瞳。
「ななななななな」
ふと…思ったんだ。
それは予感。
――"知り合い"程度の男の番号は入れるのに。
まさか!
ゲームを消して、慌ててあたしのアドレス帳を確認してみる。
「ない、ない、ないないないないっ!」
同級生の男子生徒の携帯番号が消えている。
同級生どころじゃない。
紫堂と無関係な全ての男の名前が消えている。
何かあったらどうするんだ、連絡がとれないじゃないか。
「俺が居る。
必要、ないだろ?」
瞬間、櫂から漂うのは、攻撃的な冷たい空気。
有無を言わせない、圧倒的な覇者のオーラ。
哀れ庶民は…項垂れることしか出来ず。
アドレス帳の『紫堂櫂』のメモリを見つけ、更に頭を垂らした。
やり込められているのは、あたしの方だ。
絶対にそれだけは――
間違いない。