ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
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「…… 随分と長かったけど、大丈夫?」


シャワーから出た俺に、芹霞が心配そうな眼差しで近寄ってきた。

人の気持ちには鈍感なくせに、昔から俺のこうした些細な変化には聡い。


「平気だ」


俺は苦笑いをしながら、芹霞の乱れた艶やかな黒髪を耳にかけてやり、そして居間のソファに座ると、自分の濡れた髪をタオルで拭いた。


「………?」


視線を感じれば。向かい側に座った芹霞が、両膝に肘を立てた両手に顎を乗せ、ひたすらじっとこっちを見ている。


「……何だ?」

「いや……水も滴れば、益々いい男だよね、櫂って。

世界は、本当に櫂中心で回っているって感じだよね」


含みをもたず、あまりに無邪気に笑う芹霞。


誰のおかげで、冷水浴びる羽目になった?


人の気も知らないその脳天気にも思える笑みに、思わず押し倒して…この心の内を見せつけたい気分になる。


「違うよ、芹霞。世界は芹霞中心だよ」


含んだ笑いを見せた玲が、俺の前に無糖のアイス珈琲を置いた。

昨夜俺が割った硝子のテーブルは、最早石造のものに変わっている。

玲の対処はいつも早い。


「えー、あたしこんな無敵じゃないわよ」


芹霞の前には蜜がたっぷり入ったアイスレモンティ。

これも定番だ。


「うん。だから、この上なく無敵」


愉快そうに笑う玲は、ほんの少しだけミルクが入った自分用の…アイス珈琲のグラスを回す。

カランという氷の軽快な音が響いた。


「ね、櫂?」


俺は玲を無視して珈琲に口をつけた。

苦い味が口に広がる。


今の気分に丁度いい。


それを見越したように、更に含んだ笑いを見せる玲が、些か気に食わないが。


「……だけど、びっくりしたよ。

まさかあの氷皇が出てくるなんて」


玲は神妙な面持ちで言った。


端麗な顔が僅かに曇っている。

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