ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
「ねえ、玲くん。氷皇っていうのは青い人の名前?」
「違うよ、字(あざ)名だよ。櫂には『気高き獅子』、煌には『暁の狂犬』って言うように、あの瀬良蒼生(せらあおい)は『氷皇』って呼ばれているんだ。だけど本名を呼ばせないらしい」
「ふうん? 蒼生……やっぱり名前も青いんだね。随分とえらく強い男だったけど、何者なの?」
「……この世で一番、
油断できない男さ」
俺は嘲るように嗤う。
「自分の気分を損ねるようなら、身内でも即座に殺る、冷酷非情の氷のような男。利得がなければ決して動かない。動く時は必ず裏がある。ある意味判り易いがな」
「しかも恐ろしく強く、弱い者を気分で嬲(なぶ)る、根っからのサディストだよ」
「……あんなに、嘘臭い程爽やかなのに」
芹霞の顔が歪んでいた。
「爽やかなものか!! 厄介だよ。彼が出てきたということは、単純に終わらないってことだ。しかも血色の薔薇の痣(ブラッディ・ローズ)に関わってる」
玲は大きな溜息をついた。
―― 血色の薔薇の痣(ブラッディ・ローズ)の実験段階は終わった。ここ数日の内に本格的に動き始めるよ。だから……気をつけて、ね?
「更に、僕より情報収集も早いし」
――そのうち、君も耳にするだろうけどね。
「……何かあったのか?」
俺は訝って玲に訊いた。
すると玲は苦笑してちらりと芹霞を見る。
芹霞は気を利かせて退席しようとした。
普段なら俺はそうして貰っていただろうが、今は芹霞を引き止めた。
「氷皇が出た時点で、遅かれ早かれ何れかは芹霞の耳に届く。だから話せ」
ある種の勘――なのかもしれない。
それとも覚悟というべきか。
氷皇が芹霞に会った時点に、俺はそれまで口を噤(つぐ)んでいた"紫堂"の実情を話さないといけない気がしていた。
氷皇はまた現れるだろう。
その時、奴の口から芹霞に知られるのなら、今…俺達からの方がいい。