ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
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走る。

走る。


息を切らせて、俺は走る。


宮原弥生の家は、過去一度だけ行ったことがある。


――ほらワンコ。散歩に行くよ。

――俺はワンコじゃねえッッ!!


確か宮原の家に、芹霞が借りていたモノを返しにいくとかで…休日、芹霞について行ったんだ。


8年一緒に暮らしていれば、感覚は居候よりも完全家族。

櫂を抜きにしても、休日は芹霞とよく2人で出かけていたりした。


――今日はみりんと油の特売日。玲くんにお裾分け返しをするの。あんたもちゃんとレジに並ぶんだよ? お1人様3本限りなんだから。


食料の買い出しやら、買い物の荷物持ちとかいう、甘さの欠片はまるでない……いうなれば、兄弟姉妹の"お出掛け"だったけれど。


それでも俺は楽しかった。


――あんたさ、神崎家の一員なのに何で"如月"なの? 居候みたいで嫌なんだけど。いい加減養子に入っちゃいなよ。


ありがたい申し出に、いっそ神崎煌になってもいい気はするけれど。


俺には"如月煌"という名前に拘りがある。


――いいんだぞ、お前の好きな名で。


戸籍がねえはずの俺に、何故か戸籍を用意した緋狭姉は、何度も俺に確認したけれど…だが俺は"如月煌"を貫いた。


家族のような他人、それが神崎家の俺の立ち位置。

自然と芹霞の隣に立てる…そんな立ち位置。


それに対して櫂は何も咎めることなく、逆に温かい目で見守っていた。


櫂は凄え奴だ。


額縁に入れて飾っておきたいくらい、とにかく存在自体が半端ねえ。


異性はおろか同性すら羨望視される、17歳にしてあの恐ろしいくらいの美貌はさることながら、無言で相手を従えてしまう威圧感と、あの頭のよさ。


完璧主義を完璧に貫いて、頂点に立つのが相応しいような…そんな覇者の風格が櫂には備わっている。


俺なんかあいつの足下にも及ばない。


しかも俺なんて、生まれついての…安っぽい橙色だし。



密かに――

俺のコンプレックスだ。
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