ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~



――桜、ありがとう。



そう微笑んだ玲様。

それからの立ち上がりが見事だった。


儚げで、苦しそうな恋の色は全て払拭して。


紫堂玲という警護団の指揮官が立っていた。

いつも冷静な策略家に戻っていた。


私には、愛とか恋とかいうものは判らない。

理解したいとも思わないけれど。


だけど玲様が抱える恋情は、有り触れたような薄いものではなく、幸せに満ちたものでもないということは、よく判った。


煌のように、腑抜けに磨きをかけて下降線をただ転がり落ちるようなものでもないことも、よく判った。


どちらかと言えば、櫂様の持つものに近いものかも知れないけれど、決して同じ物ではない。


理由があって心を伝えられない櫂様と、理由が無くても心を伝えられない玲様とは、大きな隔りがあった。


――幼馴染みっていいよね。


櫂様とも煌とも違う、玲様の立ち位置。


幼馴染みを崩したい彼らと、その関係を羨む玲様。


所詮は無い物ねだりの――

そのもどかしさが『恋情』というものなのだろうか。


玲様までそれにやられていたなんて。


私に見せるくらいなのだから。

彼の自信を揺るがすくらいのものなのだから。


それを堪える"今"の辛さは、相当なものだと思う。
 

玲様が今後どうしたいのか、私には判らない。

煌のように隠せと言うには、あまりにも儚すぎるから。


玲様は色々なものを失ってきたはずだから。


全ては櫂様のために。

全ては紫堂のために。



紫堂に生まれついた彼は、そう教え込まれてきたはずだ。


――紫堂の為に生き、紫堂の為に死ね。


私と同じように。

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