ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
「………」
向かい側に座った陽斗は、当初、出来上がったそれをただ不審げに眺めるばかりで、口をつけようともしなかったけれど、やがて赤ちゃんのように握りしめた箸で一欠片、ハンバーグを口にした。
「………」
何も言わず、ただ機械のようにもぐもぐと口を動かすだけの陽斗に、あたしも食べる手を止めて恐る恐る彼の反応を伺う。
「…… どう?」
陽斗は言った。
「味、する」
おいしいという答えまでは期待していなかったけれど、味が判るならば、一歩前進だ。
「これも味がする。変だな」
ご飯や味噌汁にも手を伸ばし、不思議そうな顔をする。
「あんたさ、いくら味覚失って食欲ないって言ってもさ、人間食べなきゃ栄養失調で倒れるわけよ。だけど見た処、健康そうだし。頭は……何とも言えないけど」
「最後が余計だッ!!!」
「しかも此処育ちで、此処には他に人が居たんでしょう、昔。誰かか彼かあんたに食べさせようとしてなかったの?」
陽斗は服をまさぐり、手のひらサイズの小瓶を出した。
「1日1粒。必要な栄養は補填出来る」
覗き込むと、白い錠剤がある。
「やっぱり、あんた医者?」
「違うってんだろ」
ぶすっとした顔で陽斗が答えた。
「この施設にはこういうものが揃っている。今でも山にな。飯なんてものは、俺達には与えられたことがねえ。生まれながら、この薬と水だけだ」
「俺達って……他にも居るの、そんな薬だけで育った子」
「ああ。こうした『食事』が出来るお偉いさんは紫堂ばかり。俺らには、こうした栄養補填以外にも、何百種もの薬漬さ」
なんて……酷い。
櫂。
あんたの家、何しでかしてたのよ。
「そんな目で見るなよ、芹霞ちゃんよー。哀しくなってくるじゃねえか、ぎゃはははは」
そういう割には、楽しそうで。
悲しみなんて一切見られない。