ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~


「……憎悪の理由って、これ?」


すると陽斗は、笑いをぴたりと止めた。


「俺にとって飯など、どうでもいいことだ」


つまり――

憎悪の理由は『薬』以外ということか。


「どんな物でも無味無臭の『食い物』つーものを、1日何度も取る気にはなんねえ。それならこの薬の方が手っ取り早くて楽だ。

だがよー、今目の前にある食い物は、また食ってもいいかなとは思う。

食い物が無味無臭なのは、俺のせいじゃなくて、たまたまその食い物がおかしかったとも思っていたが、この食い物は俺自身が作って、お前も同じ物食ってる。何で今、味がすんだろな?」


多分この男――

寂しいんだ。


「陽斗さ、これからも誰かと一緒に食べれば、きっと食欲蘇るよ」


時間がかかってもそれは。

寂しさの抵抗がなければいつか克服出来る。


「………」


陽斗は何か言いたげだった。

だが結局何も言わず、ただ黙々とごはんを食べていた。


「玲くんが作るごはんなら、それは本当にもう美味しくて、1日何十回でも食べたくなっちゃうよ?  本当に凄いから。一度……」


あたしは口を噤んだ。

『一度』があるかどうか判らない。


「………」


やはり陽斗は何も言わず、食べ続けていた。


後片付けをしようと食器をまとめた時、


「着ろ」


いつの間にか陽斗が紙袋を持ち、差し出したんだ。


着ろ?



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