ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
そして陽斗は、あたしの腕は掴んだまま、顔だけ逸らす。
「何で来ねえんだよ」
ぼそりと漏れた言葉。
「あいつさえ来れば、こんな茶番劇はすぐ終わるのに。何の為に俺が……」
「……あいつ?」
「お前の…愛しい、騎士(ナイト)だよ」
明らかに不機嫌そうな声。
「?」
すると苛立ったように陽斗はあたしを見る。
「紫堂櫂だ!!!」
怒っているような、責めているような顔。
そこであたしは言葉の意図に気づく。
「何、あんたもしかして……
あたしを囮にして、櫂を呼び出そうとしてたの?」
あたしは思わず、金の瞳を睨み付けた。
「櫂に何しようとしてたのよッ!!?」
あたしは陽斗の腕を振り払い、怒鳴りつけた。
冗談じゃない。
櫂に手出しをすることは許さない。
「あの家は、『白き稲妻』の結界に護られている。あそこは紫堂怜の独壇場、俺は手出しできねえ。だから」
「だから、あたしで櫂を傷つけようとしたの!?」
陽斗は答えなかった。
あたしは陽斗の胸倉を両手で掴む。
「あたしが一番嫌いなのはね、櫂のお荷物になる"あたし"よ!!!
櫂はね、あたしとは違ってもっと大きいものを背負ってひっぱっていく凄い奴なの。あたし如きが、足ひっぱっちゃいけない存在なの」
「……」
「"あたし"を惨めにさせないでよッ!!!」
涙が零れた。
「万が一櫂がここに来たとしても、あんたに櫂は傷つけれないわ。そんなの、あたしが許さない」
「お前さー」
表情を殺したような鋭い目線。
そのあまりの冷たさにぞくりとしたあたしは、思わず陽斗の胸倉を掴んだ手から、力を抜いた。