ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
忌まわしき雑司ヶ谷。
朧気な記憶の細い糸を辿り、今でも尚現存していたこの施設に行き着けぱ、身体が自ずと覚えていたエレベータを見つけそれに乗り込み…かつて俺が棲んでいた階に降り立った。
地下2階。
体の拒否感に、どくんと心臓が脈打った。
出来れば…記憶の彼方に眠らせていたかった。
夢という形で、記憶を幻想にしたかった。
だけど。
現存するという事実は――
"過去"は真実だという証。
気配を殺して廊下を歩けば、
ぼそぼそと男の声がして。
腹立たしい『ぎゃははは』ではないものの、幾分緊張孕んだその声音持つのは1人だと……急いでドアを開けると同時、あの忌まわしい男と芹霞が目に入って。
唇が触れ合う――
「!!!!!」
そう思った時。
爆発的に起きた感情に、
俺の身体は突き動かされた。
焦りと憤怒と…嫉妬。
「大丈夫か、芹霞!?」
そして手に戻した芹霞に触れて、
溢れる愛しさがそれに勝った。
芹霞はただ俺を見上げ、
そして悲しげに俯いてしまった。
「!!!?」
思わず俺はその双肩を強く掴んで、前後に激しく揺すぶってしまう。
そう、芹霞に縁切られたことなんか、記憶の遠い彼方。
「何かされちまったのかよ、芹霞ッ!?」
それだけが、ぐるぐると思考を独占して。
「ち、違うから……煌、酔う……」
揺す振りすぎて、芹霞が若干白目気味。
やばい、力を入れすぎたか。