ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
「なあ、1つ訊きたい。急にお前の速度が俺に勝ったのは、俺が弱くなったからか?」
瞳の奥には、崩れぬ男の矜持。
そこに読み取れる心。
"芹霞に惚れた為に、
ただの人間レベルに墜ちてしまったのか?"
俺は頭を振る。
「元々俺は、胸に何十キロもの防具兼鍛錬具をつけていた。それを一時"解除"しただけだ」
無論、鍛錬の一環で、緋狭姉に無理矢理つけられたもので、しかも緋狭姉が"解除"という術を施さない限りは、一生そのままかも知れない恐ろしい代物だ。
「そうか。お前はオリジナルを超えていたんだな、既に」
儚げに。
今にも消えてしまいそうな呟き。
垣間見えるは孤独。
寂寥感。
「紫堂にお前がついているなら、
所詮は…敵わぬ夢だったか」
天井を仰ぎ、陽斗は悔しげに目を瞑った。
「……夢って?」
芹霞が陽斗の顔を覗き込んでいる。
「……崩壊」
「え?」
「苦しめばいいと思った」
開いた金の瞳が芹霞と絡んだ。
自嘲気な乾いた嗤いが響く。
「俺には、救いがなかったから。
ずっと――
1人だったから」
俺は拳に力を込めた。
共鳴するんだ、俺の心に。
「ここに"犬"が来るなんて想定外だった。なんで紫堂櫂は来ねえんだよ。
これで――
終わると思ったのに」
酷く傷ついた顔。
金色の髪がふわふわと揺れる。
芹霞が手を伸ばし、陽斗を抱いた。
慈愛深い…聖母のように。
それを見て俺は――
ありがたい心になったんだ。