ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~


湿布の張り替え作業は終わったようだ。

玲くんが、救急箱を閉じている。


あたしは白いシャツのボタンを留めている櫂に言った。


「…ねえ、櫂。今朝、どうしてすぐ教えてくれなかったの?」

「言う程のものじゃない。大したことないんだから」


そう言い張る横で、玲くんが笑いを堪え、櫂は面白くなさそうな顔で玲くんを睨んでいる。


玲くんが登校を無理矢理やめさせるくらいの"大したことのないこと"。


あたし…櫂と一番付き合い長い幼馴染なのに。


知らずにあたしは、朝から走り回っていただけ。

知ってたら…お土産に、ケーキでも持参したのに。


勿論、あたしだって食べますよ。

前にクレープ4つ食べていたとしても。


「煌も煌だよ、知ってたんでしょ? 玲くんだって教えてくれてもいいのに。何か切ないよ、あの"ぎゃはははは"加害者から教えられるのって」


コト…。


その時、テーブルに…淹れたてほやほやのお茶が出された。


視界に入る…櫂とはまた違う黒の色。


「……皆、芹霞さんを心配させたくないという、櫂様のお心を尊重しただけですわ」


舌っ足らずの、高い女声(メゾソプラノ)が響く。


声だけ聞けば、純白の天使を彷彿させるが、声の主は全身真っ黒に染められている。


大きな黒いリボンで2つ結い(ツインテール)した、腰まである長く艶やかな黒髪。


洋服は上から下まで全て黒。


片手に抱えているのは、赤ん坊程のテディベア。


但し真っ黒。


ゴスロリ風の美少女が櫂の向かいのソファに座り、金字で「鬼」と書かれた黒い湯呑茶碗で煎茶を啜り始めた。
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