ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
「人の家の事情にとかく言うつもりはありませんけどね、櫂を貶(おとし)める気なら、あたし黙っちゃいませんからね?」
一歩前に出ようとしたが、それは煌の手に遮られた。
ワンコは、グルグル唸って威嚇している。
敵意が半端じゃない。
そんな中、先輩から漏れたのは…くつくつという人を馬鹿にしたような笑い声。
「本当に退屈させない女だな、神崎は」
どうして、いつもあたしの言葉にきちんと受けずに、自分勝手すぎる理解不能な言葉に転じてくるのだろう。
コツ、コツ…。
あたしの元に、悠然と先輩が歩み寄ってくる。
体を割り込ませて、警戒心を強めさせる煌。
しかし、更にそんな煌との間に割って入ったのは――
「約束の時間まで、まだあるはずだろッ!!」
何やら慌てた陽斗だった。
「知り合い?」
陽斗への問いかけに、先輩は答える。
「知り合いも何も――
この男はお前を僕に引き渡す役目だ」
「は?」
我ながら間抜けた声だったと思う。
後ろ姿しか見えない…陽斗は否定しない。
「本来なら血相変えた紫堂が結界から抜け出て、ここにお前を迎えに来る予定だった。
この男は紫堂を殺し、僕はお前を手に入れる。お互いの目的を果たすために手を組んでいたのだがな。
少しばかり約束の時間より早く到着して、何をそんなに慌てることがある、道化師」
"敵の敵は味方"
確か陽斗はそんなことを言っていた。
――俺に魂胆……裏心があるからだ。
陽斗の警告を無視して逃げなかったのはあたしの意思。
それに対して陽斗に怒る気持ちも、裏切られたという気持ちも全くない。
「まさか逃がそうなど、ふざけたことしてなかったろうな、んー?」
陽斗の魂胆などお見通しだというように、意地悪い顔を陽斗に向けてくる先輩。
「………」
陽斗は何も言わない。
否定をも。
だから思ったんだ。
陽斗はやはり…あたしを逃がそうとしていたのだと。
それは偽りではなかったのだと。
――何で逃げないんだ?