ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~


「ふっ。元より僕にとってお前は捨て駒だ。神崎さえ手に入れればどうでもいい」


「何故あたし?」


「たっぷりと教えてやるよ。時間はある」


艶めかしい色気を出した先輩に、煌が動いた。

刹那、先輩の胸倉を掴んで上方に持ち上げていた。


「そんな時間、やらねえよ」


凄まじい殺気が放たれている。


やばい。

こいつ、またキレかかっている。


昔から煌がキレると、人を傷つけることに躊躇しなくなる。

本当に殺そうとする。



だけど――


「何がおかしい!!?」


先輩は笑っているんだ。



いつもの怯んだ様子はない。

青冷めた顔もない。



「僕が元老院になった意味、お前は判るか?」



その言葉と共に、何かの気配がした


――瞬間。



「……くッ!!」



呻き声と共に、煌が左肩を押さえながら、俯せ状態で蹲(うずくま)ったんだ。



そして視界を浸食したのは…



――鮮やかな青。



「ごめんね~。元老院様には俺逆らえないからさ、あははははは~」



藍色よりも深い青色の髪。

髪よりも深い青の瞳。


長丈の青の外套の襟元には、

青い蓮の小さなバッチ。


青色で彩られた精巧な氷の彫刻は、相変わらずの嘘臭い爽やかに笑みを湛えながら、その足で煌を退けていた。




「氷皇……」


あたしの呟きに、青い男は身体をくの字にしてあたしの目線に合わせると、あたしの唇の前でその人差し指を左右に振った。


「だめだよ~、芹霞チャン。俺の名前を知っているんでしょ?

『蒼生ちゃん』って呼んで?

俺達は他人じゃないんだからさあ~」


「全くの他人です」


あたしは切り捨てる。


「やだなー、折角暁の狂犬に手加減したのにさー。他人じゃないなら、命令通り…狂犬は殺さなくちゃいけなくなったよ」


ぞくりとする程の妖しげな笑み。


「仕方がないね」


すっと、青い瞳に何かが走る。


途端、空気ががらりと変わる。


冷たい、酷薄な空気へと。

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