ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~


久々にこの家に来たけれど、あたしはやっぱりこの雰囲気は好きだ。


騒ぐ煌と桜ちゃんを、苦笑しながらも…櫂と玲くんが優しげに見つめている。


何より、櫂が落ち着ける場所があるのが嬉しい。



それが例え――

あたしの許でなくても。



8年前。


櫂は突然、

正反対な姿に不可解な自立を遂げてしまった。



――芹霞ちゃああん!!



時期は丁度、両親が死んだ時。


事故前後の記憶はないけれど、両親を失くした事故に、あたしも巻き込まれていたらしい。


それまで医療機関とは無縁な健康体優良児であったあたしが、人生初の病院のベッドで目覚めた時、いつもなら傍にいるはずの天使の櫂は居なかった。


退院間近な3ヵ月後、初めて櫂は病室に現れた。


あの絶望的な衝撃は、今でも忘れられない。


――芹霞。



呼び捨てにしたこの子は誰?



そこにはもう――

あたしが大事にしていた天使は居なかった。



 
本当に何一つ前触れはなかったんだ。


あたしだけを頼りきった、天使の微笑。


どんな些細なことでもすぐ泣く、女よりも意気地がない惰弱な姿。

雨に少し濡れただけで、すぐ高い熱を出す虚弱体質。

余りに悲惨過ぎる運動能力。



全ては、今では想像すら出来ぬ、完全に過去の幻影となってしまった。



短期間でここまで急激に、完璧に変貌できた事実は、もはや驚愕を通り越して圧巻だけど。


奇跡としか言いようがないけれど。

まるで魔法でもかけられたかのようだけど。


あたしの櫂は消えてしまった。


それが――現実だった。
< 35 / 974 >

この作品をシェア

pagetop