ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
幾度、夢の出来事かと疑い、頬を抓ったことだろう。
それでも変わらぬ現実に、幾度こっそり涙を流したことだろう。
櫂は今たった17歳にして、東京を拠点とする紫堂財閥の象徴となり、『気高き獅子』と異名をとり、将来を有望視されている。
櫂はあたしの手を払い――
紫堂の元で生きる道を選んだ。
紫堂は――
あたしから櫂を奪った。
櫂の全てを護るといったあたしの誓いは宙ぶらりんのまま。
今の櫂は”次期当主”を護る者達を優遇している。
煌達は長い付き合いだが、所詮は櫂が変貌してからの幼馴染。
従兄と言えど、玲くんも櫂の過去を知らない。
だから――
過去を語るあたしに呼応する者はなく、
櫂は唾棄すべきものとでもいうように、
昔話には不快さを露にして話自体を拒絶する。
それでもあたしは、"幼馴染"という…絶対にして仮初(かりそめ)の絆に縋り、無理やり傍にいる。
煌達のように、櫂に必要とされているからではなく、櫂に切り捨てられたあたしの意志で、今も尚…消された昔を盾に、執拗に櫂から離れない。
あたしはまだ――
櫂との『永遠』を信じてる。
「……か?」
……だけど、
思わずにはいられない。
あたしの存在って、
……一体何?
「……芹霞? 大丈夫か」
訝しげな声に顔を向ければ、切れ長の目が心配そうにこちらを見ていた。
「大丈夫か?」
もう一度、櫂が聞いた。
「大丈夫」
唇を噛んであたしは嗤う。
悟られてはいけない。
こんな醜い心で、櫂を穢してはいけない。
櫂はあたしみたいな、平々凡々の庶民とは違う…"気高き獅子"、なんだから。
押し込めよう、些細な拘りなんて。
一緒に居られるだけでいいから。
変らずあたしが、櫂を好きで居ればいいこと。