ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
ここまで大きく育ったメインサーバが自然解放するとは考えられないし、僕でさえ辟易しているものを、僕以外の人間が、こんな短期間にすんなり抑えられることも考え難い。
どちらにしろ、痕跡を残さず消滅させる"解放"処理によって、やがて僕のメインコンピュータも解析作業を断念するだろう。
同時に血色の薔薇の痣(ブラッディ・ローズ)の暴走を食い止めるために、急遽あの場で作った疑似プログラムは、どこまで効力を持つか僕自身判らない。
創造主たる彼女の知恵を乞うことにもなるだろう。
仕事を失ったメインサーバの生命となる電力……電磁波の全てを、緋狭さんの教え通り石に吸い込ませ、それのコードを"回復"のものに書き換えた後、由香と呼ばれる少女を癒した。
まだ完全とまではいかないが、見れる顔にはなっただろう。
少女を背負って消えた緋狭さん。
僕は緋狭さんに指示された裏門へとまず足を伸ばす。
裏門にはベンツがあるはずだ。
僕はそこで月長石を用いて、結界を張らないといけない。
そうして果てなく続く廊下を走っている時、僕はとてつもなく邪悪な気配を感じた。
まるで心臓に突き刺さるような棘。
立ち止まってあたりを見渡しても、伸びた黒服男の山があるばかりでその主を捉えられない。走査出来ない。
それは、僕によく向かわれる"殺意"というものではなく、血色の薔薇の痣(ブラッディ・ローズ)のような得体の知れない禍々しいものでもなく。
言うなれば、生命そのものが悪に塗(まみ)れているような、そんな気。
それは一瞬のことで、もう感じない。
酷く――嫌な予感がしたんだ。
皆は無事だろうか。
芹霞は、無事なんだろうか。
いやに静謐に流れる空気が不安を煽る。
恐れていた氷皇は姿を現さない。
無論、御階堂充も居ない。
恐らく其れは意図的だ。
僕は目を瞑り、櫂の気配を探したら…案外近い場所に居るようだった。
僕はベンツに赴くよりも先に、櫂に合流することにした。