ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
――煌が倒れていた。
何もない処で橙色の大男が倒れている。
寝ている…わけではないだろう。
そこまで馬鹿ではないはずだ。
急いで起こすと、褐色の瞳が静かに開いた。
「あれ……玲?」
無事なようだ。
でも左腕がやられているらしく、舌打ちして顔を歪めた。
「どうしたんだ、煌?」
煌は苦々しげな顔をして立ち上がると、がっくりと項垂れる。
「黒服男は片付けたんだけどよ、突然、何かの嫌な気配感じて身体が竦んで……はあッ。本当に情けねえ」
僕が感じたものと同じものなのか。
僕は結界を構成する月長石の力がある。
無事なのはそのせいかもしれない。
「芹霞は櫂に預けた。大丈夫だろうさ」
「……櫂の処に行こう」
それでも何だか心配だった。
心がざわつき、平気では居られなかった。
櫂の気に向かって走る途中、桜に出会った。
出会ったというより、桜の方が僕達を探していたようだ。
「玲様。何かおかしな気がこの屋敷に。十分ご注意下さい」
僕の顔を見るなり、桜は堅い口調で言った。
「そして――感じませんか。その気とは違う、複数の気。氷皇ではありません。何でしょうこの気……呪詛とは違う……殺意?」
桜に言われるまで気づかない僕もどうかしていたと思う。
煌も途端、警戒に目を光らせ、その目を細めた。
ああ、この殺意は。
この殺意そのものは、恐らく――。
「純粋たる殺戮者――
――…制裁者(アリス)か」
僕の呟き。
「いいえ、あの道化師は緋狭様の連れた少女と共に……」
煌が唇を噛みしめながら言った。
「あいつじゃねえ。
別の――だ。
間違いねえ、
――俺の身体が覚えてる」
そして、偃月刀の柄を握る手に力をこめて。
「何で……だ?
何で今更……」
「行こう」
僕は、そう…煌に促すしか出来なかった。