ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
「無理ですわ。ミジンコ並のその脳味噌では」
「ケッ。お前だって、似たようなもんだろ」
ぶちっ。
何かが切れた音がした。
「…もう一遍、
言ってみろや――
この蜜柑カスッ!
それが上司に言う台詞か!!?」
…切れたのは、桜。
「誰が上司だ!同格じゃねえか!」
「何処が同格だ!!?
てめえと一緒にすんな!!!」
ぎゃあぎゃあと言い争いを始める二人を尻目に、玲が声をかけてくる。
もう慣れきったものだ。
「昨夜……大体煌もいて、競り負けるというのが尋常じゃないね。煌は、身内にはとことん弱いけど、敵意や血の匂いに対する野生的格闘センスは、種は違えど桜に劣らない。それが、名も知れない男に……」
確かにそうなんだ。
煌には悪いが…
向こうの圧勝。
こちらは――
護衛たる煌を擦り抜け、俺がこっぴどくやられた。
ありえない速さだった。
真っ直ぐに…俺を狙ってきたような気がする。
明らかなる敵意を持って。
何でだ?
そして今、現われたその理由は何だ?
何で今まで、紫堂にもその存在が判られずに居たんだ?
現実的に説明し難い、不可解な謎は多すぎた。
考え込んだ玲が…呟いている。
「紫堂が判らずにいたのは…その存在を"故意的"に隠していたからか? でも情報が出てこないのはおかしすぎる。紫堂が痕跡を掴めないはずが……」
そこで言葉を切った玲。
ほぼ同時に俺も、1つの可能性を思いつく。
紫堂の勢力を使っても出てこない情報が存在するのだとすれば。
辿れない痕跡があるのだとすれば。
「隠している"もの"が紫堂より巨大だと?」
そして玲は俺を見た。
俺と同じ、可能性に行き着いたらしい。