ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
「まさか――
……元老院?」
――神の鉄槌が下される。
俺は口許だけで嗤う。
「元老院唯一の良心、最年少ながら叡智溢れる藤姫(フジヒメ)が殺された直後、偶然にも"黒の書"は失われ、偶然にも"生ける屍"が世に跋扈(ばっこ)する。
……因果律の終点が起点になりえるのなら。
偶然という名において、随分皮肉な運命の輪が回転しているな」
「でも"あれ"は!」
玲の焦った様な声。
「あの時、あの研究もあの組織も、紅皇(こうおう)が壊滅させたじゃないか!! 第一元老院と……」
俺は静かに嗤う。
「紅皇不在の今、あの"休戦同盟"はどこまで効力があるのか。
生ける屍と……
元老院から消えた黒の書。
そして黒の書の行方の鍵を握っているらしい"篠山亜利栖(ささやまありす)"。
元老院が"回収命令"を紫堂に下した、18歳の女……」
玲は腕組みをしながら、静かに天井を仰ぎ見て、俺の言葉を続ける。
「行方不明のまま1週間。
桜が動き回ってくれているけどまるで痕跡がない。
僕が手に入れた情報も大体同じ。
"目黒に住む、孤独な文学少女"。
"手に取る本は主に隠秘学(オカルト)"。
それで同級生にからかわれ、」
――ブラッディ・ローズで呪ってやる!
「彼女をからかった女子高生達は、相次いで…食い荒らされたかのような惨い姿で発見され、同時期篠山亜利栖は失踪。被害にあった死体は、野犬の仕業だとされているけど…ね?
亜利栖が関係している……筈の"黒の書"と、それが起因で誕生出来る……筈の"生ける屍"。
今回遭遇し…道化師が言った"似た血色の薔薇の痣(ブラッディ・ローズ)"は、彼女の呪詛と同じ響き……か。これを偶然とは…捉えにくいな。出来すぎている」
玲は遠い目をして呟いた。
「……やはり背景がキナ臭くなったきたか。まあ……簡単に終わるようなものなら、紫堂にわざわざ命じないか、元老院だって」
玲が言葉を切ったとほぼ同時、
俺は溜息をついて…前髪を手で掻き揚げた。
一筋縄に行きそうもない事態の予感に、気が滅入りそうだ。