ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
だけどそんな視界も霞み行く。
皆の輪郭がぼやけて定まらない。
消えていかないように伸ばした手は、冷たい何かに握られた。
ひんやりとして心地良い。
「芹霞、お前は熱出しているんだ」
深く透明な声は…櫂の声。
気持ちの良いこれは、櫂の手だ。
「芹霞さん、タオルお換えしますわ」
ドアが開く音と共に割り込んだのは、舌っ足らずな口調の桜ちゃん。
額に受けた冷たい感触が、気持がいい。
「お前、車の中で意識ぶっ飛ばしていたんだぞ? 焦らせるなよ」
慌てたような煌の声。
「芹霞目を瞑って? まだ寝てて」
優しい声は玲くんの。
温かい人達に見守られて、それまで意識していなかった身体がぽかぽか……いや、熱く、そして痛くなってきた。
関節がぎしぎし痛い気がする。
「芹霞苦しそうだぞ!? 玲、もっと早く回復させられねえのかよ!!?」
苛々したような煌の声。
「落ち着けって。これでも40℃以上の熱で、痙攣していたあの危ない状況は去っているんだ!!!」
玲くんの少し荒げた声。
「芹霞…」
櫂はあたしの手を強く握りしめている。
熱、出しているんだあたし。
でも風邪も引いた覚えもない。
健康だけが取り柄のあたしが、何故に熱?
大したことはないだろう。
皆が心配するほど、辛くない。
関節の痛みも少しずつひいている気がする。
だから――
大丈夫だよ、と口にしようとしたあたしは、喉の違和感に僅かに顔を顰(しか)めた。
それを見た皆は、無理するな、と部屋から出て行こうとする。気を利かせたつもりらしい。
違う。
待って。
おかしいの。
外部的な痛みの自覚は何もないのに。
"うー"も、"あー"も、
全く何一つ。
声が――出ない。