ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
目の前では、まだ煌と桜が喧嘩している。
最早口だけではなく――
殴り合いに発展しそうな勢いだ。
こいつらの小競り合いだけでも洒落にならない。
前回、力を加減しているとはいえ、大破した壁の修復が、ようやく終わったばかり。
本気なんか出されたら、恐らくこのマンションは崩壊だ。
そろそろ止めさせないとまずい。
「桜を挑発するな、うるさい犬が」
玲が溜息をついた瞬間に、玲の姿は煌の背後にあって。
「あ!!!?」
煌が振り返るよりも早く――
玲の回し蹴りが、煌の延髄に綺麗に決まった。
まるで流れるような優雅な動きで、玲の攻撃は瞬時に終わる。
煌は…ゆっくりと前に倒れた。
そして――
「痛って~!!!!」
首を摩って、ひくひくしている。
幾ら手加減しているとはいえ、
普通なら…
声も放てない程の大ダメージ。
「突然、何するよ!!!?」
涙目で、摩っただけでは終わらない。
下手すれば、脳漿が飛び散っているはずだ。
だけど煌にはこの程度。
それが判るから、煌はいつも叩かれる。
可哀相だが…それも皆の愛情だ。
「ふふふ、不意打ちっていうのは気持ちが良いね。どう、櫂? お前の大嫌いな御階堂生徒会長に潰しに。いつもいつも挑発受けてから相手するんじゃなく、たまには自分から相手をしてあげれば? 喜ぶよ、きっと」
くすりと玲は笑った。
御階堂…。
俺を逆撫でする、忌々しい芹霞のストーカー。
俺への敵意だけなら、簡単にあしらってやるが……芹霞に酷く執着して、手を出そうとしている。
だから俺は、休みたくなかったんだ。
それでなくとも…
俺はただの"幼馴染"。
恋人のような強制力がないのなら、地道に…芹霞に寄る"虫"を追い払うしかできない。