ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
緋狭さんは立ち上がり、
何かを言おうとしている櫂様に振り返る。
「金(キン)はどうしてる?」
金?
「道化師ですか? あちらの部屋に……」
櫂様が指差した部屋は客間。
そこからは物音1つ、動く気配すらしない。
このマンションは、もともと2室を1つに繋いだものなので、部屋数だけは無駄にある。
「金に聞け。あいつなら、芹霞の声を戻す方法も知っているだろう」
緋狭さんはそう言うと、
テーブルの一升瓶を手に取った。
「――坊。
完膚無く、叩き潰せ」
故意に目的語を隠蔽し。
挑発的な笑みを残して、そして緋狭さんはゆっくりとその黒い瞳を橙色に向ける。
「煌。手を出せ」
「あ?」
声とは裏腹に意外にも素直に差し出した右手でははなく、反対の左手を強く引いて、緋狭様はその下腕に何かの金属の環をつけた。
「いでででででででッッッ!!!」
煌から絶叫が迸る。
「な、な、なにすんだよッッ!!」
銀色に輝く腕環のようなものがつけられたのは、氷皇に砕かれた左腕。
3cm程の幅があり、銀色の金属には波打つような龍が精巧に掘られ、その目には紅玉が配置されている。
ぶらりとしたままの馬鹿蜜柑の腕が、腕環によって更に重そうに沈んだ。
「と、とれねーッッ!!!
一体何だよ、これ~ッッッ!!!」
馬鹿蜜柑が腕環を指差して、わめく。
「アルコールに麻痺した身体に感謝するんだな。腕が回復すれば、それの意味が判るだろう。約束は約束だ。
明日までに腕を治せ」
「明日~ッッ!!?」
「……できんというのか?」
緋狭さんがすっと目を細める。
馬鹿蜜柑は慌てて、ふるふると頭を横に振った。
「必ず、治せ」
そして艶然と笑い、緋狭さんは去った。
部屋に残るのは……
沈黙と、酒の臭い。
やがて櫂様は――
道化師の眠る部屋に赴いた。