ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~

完全…包囲された道化師は、


「また……蔑むか、俺を。

まだ…いたぶりたいか、俺を」


そう忌々しげに顔を歪ませて、激しい殺気を飛ばしてきたんだ。



ドスッッ



その瞬間。


道化師の腹に拳を入れたのは…玲だった。



「……うっ」



道化師は苦しげな声を漏らし、少し前屈みになりながら…足を一歩だけ後退させた。



「手加減、してるよ? …かなり、ね。君には助けて貰った借りがあるし」



俺の斜め前に姿を現した玲は、冷淡に笑った。


褐色の瞳に、いつものような穏やかさはなかった。


それまで酒を飲んでいたという名残すら見られない。

それは、道化師の腕を掴んだままでいる煌も同じく。



玲は静かに言った。



「だけど――

随分とおイタが過ぎたようだね。


……お前――


芹霞に何をした?」



途中…がらりと変わったドスの利いた低い声。



「言ってみろ」



桜と煌さえも顔を引きつらせた。

玲は端麗な顔を、残忍に歪ませて、酷薄な笑みを作っていた。



たまにある。

節制の均衡を崩さぬ玲が、感情の平衡を超えて、極端過ぎるほどの激情に呑まれた時、彼は極悪な加虐的行動を取ることがある。


煌の言葉を借りれば、『えげつない』状態になるんだ。


それは"拷問"時に見せる、裏の顔にも似ているもので――。


だけど今、"愉しむ"時間はないだろう?


俺が玲の肩に手を置いて制すると、びくりと反応した玲は、忌々しそうに舌打ちをして、横を向いてしまう。

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