ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~



月が雲に隠されたような、

翳りのある顔でそう言われて。


俺は何も口にすることが出来なくて。


何で陽斗に会いに来たのかその理由を忘れ、俺は…背を向け口を閉ざした陽斗を、じっと見つめることしか出来なかった。



――羨ましいよ。



俺は馬鹿で。

俺は弱くて。

俺は逃げてばかりで。


誇りなのは櫂に選ばれたことくらいで。


俺なんか――


安っぽい橙色で。

粗野で。

がさつで。

顔も悪いし。


救いようのねえヘタレで。

惚れた女に縁も切られたこともある、情けねえ奴で。

学習能力もないのただの馬鹿犬。



その俺を羨ましいなんて、そう思う奴が居るとは思わなかったから。


俺は複雑な思いを胸に抱き、ベランダから出た。



――羨ましいよ。



何だか少し――

切なくなってしまった…



そんな…時間。






< 504 / 974 >

この作品をシェア

pagetop