ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~



「ところでよ、芹霞ちゃん。

眠れなかったのか、こんな時間うろついて」


あたしは紙に書く。


"喉渇いたから、冷たいものでも飲もうかなって"


「それなら俺が取ってきてやるよ。冷蔵庫……って、きっとあっちだな」


陽斗が軽やかに台所に向かったが、戻ってくる気配がなかったので、あたしもキッチンに行った。


「何でこんなに種類があるんだ? これか、それともこれか? いっそ全部か!?」


冷蔵庫を開けて、上半身を乗り込むように、ごそごそと探していた陽斗は、ぼんやりとした冷蔵庫の明かりに金色の髪を反射させている。


「喉に優しい飲みもんって何だ?……『すっきり爽やか』……こんなとこか? オレンジ? 葡萄? 桃? 違いなんて俺に判るかって……あ、居たのか? どれがいいよ?」


陽斗は、フルーツの絵柄がついた缶を数個手にしていた。


あたしはその中の1つに目が釘付けになる。


桃。


桃のジュース。


初めて見る、缶ジュース。


銀色缶に、黒色の迫力ある筆文字で『桃』と書かれている。


更に斜めに描かれた筆文字は、


『ごろごろ桃で漢(オトコ)になれ!!』


普通のあたしなら、そんな怪しいジュースに手を出さない。



だけど。



ごろごろ桃。


桃がごろごろ。



…………。


無性に惹かれてしまった。



「それでいいか、じゃあ他のは元に戻すからな?」


あたしは冷えた缶を受け取ると、プルタブを空けて、がっつくようにしてごくごくと飲み込んだ。


パタン、と冷蔵庫の扉が閉まる音。


おいしい。



本当に、桃がごろごろ入っている。


ネクターなんてお呼びじゃない。


なんて贅沢なジュースなんだろう。


苦味を感じるのは、桃味が濃厚だからだろうか。

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