ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~


「桜、手伝え……ってお前!! 何、固まってるんだよッッッ!!! たかだかほっぺちゅうじゃねえかッッ!! 陽斗も拒否れッッ!! 全力で拒否しまくれッッ!!! 何、背中に手なんか回してんだよ!!!? くそ~ッッ!!! 芹霞の勢いに飲み込まれるなッッッ!!」


うーん、煌が邪魔する。

ギャンギャン煩い、このワンコ。


じゃれてきてるのかな…。


その時、キッチンに電気がついた。



うう、頭がぼんやりする。


何か遠くで聞こえるけど、何言ってるのか判らない。


途端、あたしは煌の腕から解放される。


苦しい枷がなくなったあたしは、嬉々として目の前に居る"陽斗とぎゅう"を試みた。


後ろで煌が凄い雄叫びを上げているが気にしない。


その時、


「抱きつく相手が違うだろうが」



耳元で玲瓏とした深い声がしたと同時に、シトラスの香りに包まれた。



さらさらに零れる漆黒の髪。

憂いの含んだ漆黒の瞳。

整いすぎた端正な顔。



櫂だ。



だからあたしは何だか嬉しくなって、櫂の首に手を回し、思い切りぎゅうをした。


「な、芹霞!?」


ふわふわ、ふわふわ気持ちが良い。


シトラスと桃の香りに包まれて、視界がぼやけるけれど。


端正な顔が、8年前の天使の櫂にだぶる。


可愛い、可愛い、あたしの櫂。



――芹霞ちゃん、だあい好き。


あたしも櫂がだあい好き。



あたしはその頬にちゅうをした。


あらやだ、ちゅうが止まらない。



久々にあたしの可愛い櫂に出会えたから、あたしは嬉しくて。


本当に嬉しくて。



< 523 / 974 >

この作品をシェア

pagetop