ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
玲くんの形よい片眉が、ひくっと動いた。
玲くんの"Sの余裕"が崩れたのはその一瞬で、やがて鼻で笑うような戯けた顔をすると、両肩を竦めた。
「煌は何を言っているんだろうね。さて、僕これから朝食の支度しなくちゃ。芹霞も手伝って? 食べるだけの奴らは置いて、僕と一緒に来てよ?」
いつも通りに優しく、にっこりと微笑んだ。
拒否する理由もないし、あたしは好意的に頷いて玲くんの後を追い、そしてふと動きを止め、陽斗に振り返ると手招きした。
陽斗は理由が判ったみたいだけど、中々腰をあげようとしなかった。
あたしはつかつかと歩み寄り、陽斗の胸倉を掴んで睨み付ける。
"玲くんのごはん食いたいなら、手伝え"
口パクすると、陽斗は何かを言いたげに口を開いたが、やがて渋々あたしに従った。
満足してるあたしには聞こえなかった。
残された2人のぼそぼそ声を。
「……なあ、櫂。玲の奴さ、結構ダメージ大きいと思わね?」
「まあな。"お父さん"でも"お兄さん"でもなく、"お母さん"だからな。前は"嫁"だったか」
「けどワンコよりはいいじゃねえか」
「ははははは」
「なあ。あいつ強(したた)かだよな。俺らと同じく全く寝てねえ癖に寝てるふりしてさ。あいつ…ああやって、今まで女釣ってたのかな?
しかも睨み付ける陽斗を平然と牽制しながらさ……これって"年上の余裕"って奴?」
「………」
「ああそういや…芹霞、陽斗の懐柔、何気にうまくね?」
「そういう処だけは聡いからな、いつもは鈍いくせして」
「全くだ。いいだけ振り回してフォローが全くないっていうか、おかしな方向でありすぎるっていうか……いいのか、櫂とこんな話……いや、独り言だから。……はあっ」