ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
首筋に散った赤いあの痕。
誰もが多少の覚悟こそあったにせよ、実際のあれは……私でさえも決して快いものではない。
むしろ――不快だった。
昨夜キッチンで、酔った芹霞さんより突然頬に唇つけられた時。
そのまるでありえない事態に混乱を極めた私の脳裏に、閃光のように散ったのは……芹霞さんの首のあの紅い痕で。
わざとらしい絆創膏と、私の頬にあたる芹霞さんの唇の柔らかさとが、私の中で錯綜し時――。
私があの柔らかい首筋に唇を寄せた気分になって、私が芹霞さんに痕を刻んだ心地になって――呆然としてしまったのだ。
本当に心臓がどくどくいって。
血が逆流するかと思った程、どくどくして。
そして――
一気に血の気が引いた。
まさか、何故…
私が芹霞さんの首に蹂躙の印を……?
何とか朝には平静さを戻せたが、芹霞さんのあの痕は本当に人を惑わせる危険なものだ。
出来る限り、あの痕は目にしたくない。
きっと櫂様のことだ。
私でさえ残像としてちらつくあの痕に、必要以上に心乱され、私の想像以上に…追い込まれているのだろう。
表面上は動じていないようにも見えるけれど、これから敵地となるかもしれない場に赴くというのに、味方の空気……士気を凋落させるなど、普段の櫂様には絶対あり得ないことで。
それだけに――
櫂様の心は…荒れて乱れているのは直ぐ判った。