ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
人間は成長するものだから、いつまでも過去の姿にしがみついてはいけない。
現在の姿を受け入れていかないといけない。
櫂が変貌した時、そう学んだ。
それでもあたしはまだまだ未熟で、未だ櫂の天使の残像に取り憑かれてはいるけれど。
だけどあたしだって少しずつ、"紫堂櫂"を許容するよう努力はしている。
絆が未だ続いているのなら、その努力は徒労じゃない。
それを陽斗に判って貰いたいのに、どこまでもそれを拒む陽斗はとても頑(かたく)なで。
はあ、と、無声音の溜息をついた。
首にはまだ、あの不可解なゼリーが染みこんだタオルを巻いている。
先刻から声を出す練習をしているが、本当に僅かだけでも"カスッ"という音の響きが聞こえてきたようで、あたしは密かに大喜びしている。
"で、先輩。何処に向かっているんですか?"
あたしが喋れないことは、先輩も判っている。
だから携帯を見せての会話が続行されている。
「お前、紫堂の剣舞を見たいんだろう?」
あたしはこくんと大きく頷いた。
「剣舞の舞台は明治神宮だ。僕が居れば間近で見ることが出来るだろうが、著名人が集まるその中で、さすがにお前のその恰好はないだろう?」
まあ確かに――
こんな部屋着はよろしくない。
うさちゃん柄だからね。
「まずはそれなりに見れる恰好にしろ。
…ということで、神崎の衣装選び、美容室……場所は僕が選んで良いか?」
何だかとても嬉しそうに笑うから。
あたしはいきり立つ陽斗を片手で制しながら、小さく頷いた。