ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
今でも、目を瞑れば聞こえてくる。
――玲、玲…可愛い私の玲…。
――玲はお母様の宝物よ。
毎日、幾度も聞き続けた言葉。
有り余る程の愛情が、僕を縛り始めたということに気づいたのは、いつの頃だったのか。
柔和だったはずの父が、
酒と女に溺れた頃のようにも思う。
――玲、あんな風にはならないでね。"あれ"は、唾棄すべきものよ。
"あれ"としか表現しなくなった母。
夫への愛情が凍った分、
母は…より僕に固執したのだと思う。
"母の愛"という名の、棘だらけのいばら。
それに雁字搦めにされ、気づけば僕は……母の望む通りに振舞っていた。
望まぬ態度を取ったなら、母の愛が容赦なく僕を襲う。
虐待。
言葉で表すのはなんと容易い。
――玲が紫堂を継ぎなさい。
それは魔女の呪いの言葉の如く。
何より強制力を持って、僕を縛り上げた。
出来なければどんな報復が僕を待っているのか。
機嫌を損ねないように。
言われた通りにしないと…。
――次期当主となる為に、皆から愛されなさい。
感情というものを押し殺して"微笑"という仮面を被り、誰もが僕を拒まぬようにひたすら"いい子"で過ごす日々。
幸運にも、僕は…勉学も体術も、我武者羅に励まずとも、要領よくこなすことが出来る性質だったようで、やがて紫堂に比類する者なしと言われた。
――ああ、玲。イイ子ね。
母からも、
――さすがは玲様!!! 素晴らしい!!
周囲からも。
賞賛されればされる程、僕の心は冷めていき、無性に虚しくなった。
孤独――。
僕は…寂しかった。