ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~



不思議と…屈辱感は覚えなかった。


僕は思ってしまった。


母の呪いを――

この小さな従弟は解いてくれるかもしれないと。



そして1月後――。


僕が櫂の配下に下りたいと言ったのは、初めての僕の意思だったかもしれない。


肩書きが剥奪された途端、掌を返す多くの者達。

僕に媚びを売っていた輩は、その標的を櫂に変えて。


僕に向けられたのは蔑視。

弱者が通る…必須の道。


僕はやはり、誰からも必要とされていなかったのだと、実感した。


――玲、俺が居る。


櫂だけが僕を必要としてくれた。

櫂は全力で、僕を守ろうとしてくれたんだ。


小さな…僕の従弟だけは。


――櫂、自惚れるな。まだ、決定ではない。


当主が"次期当主"に求めたのは、武力だけではなかった。


荒れ果てた中小企業の社長に据え、平定してみせよと命じた。


その中には一握りの優秀な人材はいたけれど、大部分が使い物にならなかった。


櫂は笑って2ヶ月、何もしなかった。


当然社長たるまだ子供の櫂を罵り、反乱を企て…下克上を試みる者、ゴマをすって旨く懐柔しようとする者が湧き出て、会社は大混乱になった。


櫂は…何を考えているんだろう?

どうして何もしようとしないのだろう?


僕は手出しを禁じられていて、ただ櫂の傍で、はらはらして見ているだけだった。


そして3ヶ月目、ようやく櫂は動いた。


切り捨てるべき者と、繋ぎ止める者。


その境界を見定めた彼は、彼に忠誠を誓う優秀な頭脳(ブレーン)だけを手元に残し、他は容赦なく一掃した。


膿が出された閑散とした会社に響く、櫂の指示の声。


2ヶ月間、彼はただ黙って…会社を見ていたわけではない。


内部的な流れと、外部的な流れ。


既に"流れ"を把握していた櫂は、利益を1つに集約する最良策を、見つけ出していた。


そう、彼に必要なのは…

彼の意に沿って動ける者だけで。


それが確保出来たならば、

黙って見ていればいいだけ。


その会社の売上は、倒産寸前の赤字から…大きい黒字に転じた。


そして今度はその資金を元に、積極的に格上の企業を吸収して、…紫堂傘下として役立つ、そんな…利を生む大企業に育て上げてしまった。



その期間、半年にも満たない。


櫂は当時10歳。


"次期当主"が櫂であることに、誰も異は唱えなかった。

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