ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
「いいんじゃない、お試しで」
「やだってば」
「大丈夫だから」
携帯の奪い合いが始まった時本鈴のチャイムが鳴り、担任の小林吾郎……通称クマ吾郎が大股で入ってきた。
名前の由来はその体格。
舌打ちする弥生から携帯を奪い返し、通話終了ボタンを力一杯押してゲームを終了させ、席に戻った。
「えー、今会議で……今週残すところの今日と明日の2日間、休校が決定した」
驚いた声。喜んだ声。
様々な高低の声が教室に響き渡る。
勿論あたしは、机の下でガッツポーズ。
「どの教室も風邪やら病気やらで休みが多くてな、私立ならではの寛大措置だ。休校後の土日、そして月曜日の御子神(みこがみ)祭。合計5日間の連休になる」
嬉しいか、と豪快にクマ五郎は笑う。
東京都推奨――御子神祭。
東京では、1年に1回、御子神祭というものが開催される。
前身は豊饒祭という、豊饒を神に感謝して舞い踊る、神道の祭事であったらしい。
それが今風にアレンジされ、東京の商店街から大企業まで一大イベントに盛り立てた。
そして御子神祭は、縁日のように賑やかな風体となり、桐夏学園はその日は休みになる。
御子神祭では主催者があり、毎年その色に染まる。
今年は初めて紫堂となった。
その祭りで恒例の剣舞演目があり、今回は代表して櫂と煌が剣を持って舞台に上がるらしい。
東京の繁栄を象徴する人間が、東京の更なる繁栄を願い、男版巫女である巫覡(ふげき)となって舞い踊る。
それはとても名誉なことだと、煌は誇らかにしていた。
あたしは、密かにそれを見ることを楽しみにしている。
そんなことをぼんやりと思っていると、朝のHRは、何時の間にやらそのまま終業のHRに変わっていた。