ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
ありえない。
煌は今、制裁者(アリス)ではない。
「……お前、芹霞を泣かせてるの、判らねえわけねえよな!?」
煌の追い討ちに、思わず俺が唇をかみ締めた時、
「――櫂様、玲様とお行き下さい。
桜もここに残ります」
桜が硬い表情をしたままに頭を下げた。
「……櫂、行こう」
玲もまた悲痛故に、固い表情で。
そして玲は俺の肩に手をおき、耳元で囁いた。
「このままだと煌が暴走する。
何か変だ。多分僕のも――」
訝しげに見た端麗な顔は、俺の視線に気づいて顔をそらした。
「いや……、早く藤姫を何とかしなくてはいけない。このままだと分裂する」
「!?」
「櫂、気づいてるだろ。煌がおかしい。
それは多分――藤姫のせいだ」
俺は顔を顰(しか)めた。
「分裂させようとしている。だからそうなる前に、何とかしないと。
……桜がいる。桜は煌より力は上だ。押さえ込める。だから行くぞ」
俺はもう1度芹霞を見る。
泣いている芹霞は、煌にまだ抱きついていて。
――藤姫のせいだ。
もしそうであるならば。
「早く行きやがれ、櫂ッッ!!!」
煌の荒げられた声。
俺は――
「……芹霞は渡さねえ」
そんな呟きも聞こえずして、
元凶を叩きに向かう。
目の前の、古びたビルの中へ。
そう――
まるで、逃げるかのように。
俺の頭の中は、真っ白だった。