ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~



寒気がする。


その揺ぎ無い美貌と自信に――

狂える"僕"が震え戦く。


それは狂怖。

それは狂喜。



「――行くぞ」



櫂は微かに笑うと、僕の肩を軽く叩いた。



「僕だって負けないよ」



"僕"の声は…

背を向けて走り出す櫂には届かなかった。



僕は気づいていなかった。


どんなに今、櫂が脆い心でいるのかなど。



芹霞に拒まれた櫂の、

煌と2人きりにして背を向けた櫂の、

そして僕まで楯突いた櫂の、


崩れてしまいそうな、そんな心など。



闇に続く長い階段を駆け下りた時、

それは突然始まった。



「……うっ!?」



櫂が足を止め、そして上体を大きく横にずらした。



「……櫂!!?」



壁に身を預けるようにして、荒い息を吐いている。



「玲……何時だ?」



櫂は気だるげな漆黒の瞳を僕に向けた。



「え? 今は――

……3時」



「始まったか……」



櫂は自嘲気に笑った。


その笑みは、消えてしまいそうなくらい弱々しくて。


何故――僕は平気だ?


確かに僕は結界に護られている。


だけどそれは櫂も同じこと。


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