ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
この身を捧げろとでもいうのだろうか、陽斗は。
あたしは野性味溢れる精悍な顔を眺める。
いつものような穏やかさはなく、苦悶の表情を浮かべて横たわる煌。
緋狭姉が昔言っていた。
煌が女に走るのは、逃げ道なのだと。
このあたしが、煌に求められるなんて前代未聞の珍事。
煌が正気を失っていることは間違いない。
本当に藤姫だけが原因なんだろうか。
あたしは邪推せずにはいられない。
煌は、あたしの知らぬ処で、何かから逃げたい衝動に襲われていたのではないか。
藤姫はそれを拡張しただけではないかと。
藤姫に操られた煌が、なぜ殺戮に走らないのかが疑問だった。
もし本当に今在る状況が、藤姫が望んだことだというのなら、煌にあたしを襲わせて、一体何のメリットがあるというのだろう。
その時――
「!!!!」
煌が呻いて目を開けた。
その目は――
まだ真紅色だ。
妖しいまでの色気を含む、危殆の血の色。
煌は揺らめくような艶然とした笑いを浮かべ、身体を地面に横たえたままあたしをゆっくり手招く。
あたしは頭を横に振った。
少し、煌の顔が曇る。
「来いよ」
誘惑――。
相変わらず陽斗と桜ちゃんは戦い続け。
血色の薔薇の痣(ブラッデイ・ローズ)は絶叫を上げながら、生臭い共食いを続けているけれど。
そんな状況で――
煌に誘われたあたしの心臓は狂ったように波打っている。
だけど理性が押し留めるんだ。
動いては駄目だと。
煌は軽い舌打ちをすると、身体をゆっくり起こした。
「追いかけるのは、まだ俺か?」
そして音もなく忍び寄り、気づいた時には目の前に居る。
橙色の前髪の間から、妖しげに濡れて光るのは真紅の瞳。
「なあ――」
煌の大きな手があたしの頬に添えられ、
「俺、お前が欲しいんだ。
俺の女に――なれよ」
挑むような真っ直ぐな瞳が大きく揺れ、
そして煌は――
荒々しくあたしに口付けた。