ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~




足早に廊下を歩いていた時だ。


真横のドアが突如開き、中から生徒が慌てて出てきた。


途端、素早く煌が動き…俺とその生徒の間に片手を差し込み、その男子生徒の肩を抑えて、俺との衝突を防いだ。


「あ、ご、ごめんなさい」


男子生徒は『会計』の腕章をつけている。 


見れば、真横のドアは『生徒会室』だった。


蝶番(ちょうつがい)が嫌に新しく、そして頑丈そうなものになっている。


そしてドアの真ん中に、うっすらと残る大きな靴跡。



この桐夏において――

こんな大きな靴を履くのは…



隣の煌、以外いないだろう。



そうなった経緯を推察すれば、このドアの奥に見える、幻の光景が憎憎しい。


「連日、随分と忙しそうだな。それもあの生徒会長の差し金か」


煌が少し低い声を出すと、男子生徒はひいっと短い悲鳴をあげた。


「き、昨日はすみませんでした。き、今日は違って、か、会長と連絡つかなくて」


完全涙目だ。戦意の欠片もない。


「ああ? 連絡がつかない?」


「は、はい。今日中に何とかしないといけない書類があるのに……その、昨日から家に帰ってないみたいで」


「「は!?」」


俺と煌は同時に声を出して顔を見合わせた。


もう男子生徒は崩れ落ちそうだ。


「僕…今それ聞いて。会長の決裁判なければ、今月末の体育祭の予算も下りないし、ちょっと特進科に行ってみようかと。だから、ごめんなさい!」


男子生徒は無理やり俺と煌の間をすり抜けて走り去ってしまった。



「行方をくらますとは……お前、昨日そんなにびびらせたのか」


「……未遂だよ。あんなのでびびるようじゃ男じゃねえ。第一俺より、櫂が睨む方がよっぽど怖えし。

何があったかは知らねえが、ああいう陰険な高飛車野郎は、さっさと視界から消えて貰いてえよ」


煌が悪役(ヒール)のような酷薄な顔で、嘲り笑う。


芹霞に固執し、御階堂という肩書きに執着する男。



弱い男こそ――

芹霞の強い瞳に焦がれる。



理解したいとは思わないけれど、僅かくらいなら同意できるかもしれない。


それでも、迎合する気はないけれど。



「…… 煌、急ぐぞ」

「了解」


そして俺達は、芹霞の待つ池袋に向かう。
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