青空、ハレの日☆奇跡の条件(加筆修正中)
『なら、いいの。好きなテレビの時間になっても帰ってこないからちょっと心配してたから。それじゃあ、道草も程々にね?』

「……うん。母さんも仕事……大変だろうけど、体調には気を付けてね?医者が体壊したら洒落にならないから」

 仙太のその言葉がおかしかったのか、電話越しに沙恵美のクスクスとした笑い声が聞こえてくる。

『そうね、ありがとう仙ちゃん。それじゃ、あとよろしくね』

「うん………」

 喉からやっと絞り出せた返事で電話が切れた。

 終わった後、仙太は一気に全身の力が抜けた気がした。偶然にも沙恵美は出張で家を空ける。何か作為めいたものを感じなくもないが、とりあえずは都合がいい。

「……ご飯、作らなきゃな」

 力の抜けた手から汗で濡れた携帯電話が滑り落ちた。

 今日ほど仙太は母親が作っておいてくれたという料理が食べたいと思ったことはなかった。

 耳をすませば、空兎がシャワーを浴びている音が微かに聞こえてきた。

 それを誤魔化すため、テレビを付けてみる。そして何かを思い付いたようにチャンネルを次々に変える。報道番組を中心に映し出す。

 駅前で二十代男性が何者かに殺害された───というニュースはやってなかった。



 しかし、いくらアナウンサーが滑舌良くニュース原稿を読もうとも、一度意識してしまった仙太の耳からバスルームのシャワー音は消せなかった。



 空兎はバスチェアに腰をかけ、シャワーを挿した状態のまま、ひたすら頭からお湯を被っていた。

 顔に付着していたジョーの血はまだ落ちていない。時間が経って乾いてしまっている上に、ただ浴びっぱなしのままだから当然だ。

 今の空兎は、目の前で起きた惨劇をシャワーの勢いで洗い流したい気持ちの方が強いのだ。

 けど、どんなに勢いよくシャワーを出しても、惨劇の光景がお湯と一緒に排水口に流れ落ちることはない。


 忘れたくても、忘れられない………


(……同じだ)

 奥底にしまってあった記憶が甦ってくる。


 “忘れたくても、忘れられない”


 それが鍵となったように、“それ”は開かれた。

< 220 / 500 >

この作品をシェア

pagetop