赤王伝記
「子が一人。ならば次の王はその子でしょう。王になる運命からは、逃れようがありませんよ」
青年は椅子から立ち上がり、窓を開け放つ。暖かい風が部屋へと入り、鳥の声がより強く聞こえて来る。
「逃げようなんて、思ってないわ」
「そうですね。ただ、知識を持たねば王にはなれませんよ」
微笑む青年は、やはり憎たらしい。
風が少女の髪をなびかせ、それが心地よいと少女は思った。
「もう、わかったわよ。読めばいいのね、読めば」
閉じられた分厚い本を荒々しく開き、先ほど読んでいた場所を目で探す。
その微笑ましい様子に、青年は笑みを零した。
「その本は歴史書ではありませんし、先ほどの話が根底になっている伝記ですから、読みやすいと思いますよ」
言っても少女には、もはや届かない。集中すれば一直線。長所なのか短所なのか。
鳥のさえずりは、いつの間にか無くなっていた。
街の賑やかな声が、微かに聞こえる。
青年は暫く待ってから窓を閉めようと、窓辺に居るまま。そして少女は、暖かい優しい風に包まれながら本を読み続けた。
少女がその瞳で読む伝記。
それは、この穏やかな時代より、幾らか昔のものだった。
古びたページが、また一つ捲られる。